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EPISODE 35ガラスの靴は似合わない
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第35話 キービジュアル

金曜日の放課後。

週末を前に、心踊る夕方。

僕は、いつもの帰り道を歩いていた。

第35話 挿絵 1

――差し入れは喜んでもらえたかな?

静音さんも、律さんも。

ゆっくり過ごしてくれてるといいな。

あえて、娯楽品は用意しなかった。

ちょっと退屈なくらいが、

きっと、ちょうどいい。

第35話 挿絵 2

ふたりは今頃――

考えると、

つい顔が綻んでしまう。

人の役に立つって、気分がいいなあ。

~♪

さて、今夜はどうしようかな。

『 へえ――鼻歌なんて。

 随分ご機嫌ですね? 』

第35話 挿絵 3

――!

遥ちゃん!?

気配を消すのが上手な彼女が、

背後でめらめらと怒気を滲ませていた。

『 お父さんは帰ってこない。

 静音ちゃんは学校に来ない。

 〝彼〟まで姿を消して、

 あなたは連絡を返さない 』

物を言わせぬ迫力で、

ずんずんと詰め寄ってくる。

第35話 挿絵 4

『 いやあ――僕は、

『 知らない?

 そんなわけないでしょ。

 私に嘘が通用するとでも?

 無理やり吐かせてもいいんですよ 』

『 あ……あははは 』

こういう時の遥ちゃんは、

本当に何をするかわからない。

それに――

ここで、下手に騒ぎ立てられるのはまずい。

ああ、ごめんなさい、みんな――

第35話 挿絵 5

***

なんというか――

手持ち無沙汰だった。

この部屋には、テレビもない。

暇を潰せるものといえば、

差し入れの雑誌くらい。

村崎さんとの、ふたりきりの時間。

嬉しいけれど、

どうしても意識してしまう。

彼女を困らせないように、

なんとか気を紛らわせないと。

第35話 挿絵 6

***

一方その頃、

静音はウサギになっていた。

創の差し入れたルームウェア。

肌触りがもこもこで、とっても可愛いそれは、

短めのショートパンツに、

フードからぷらんと垂れたウサ耳。

白い、まんまる尻尾までフル装備。

『 ちょっ、ええ、これ…… 』

さすがに恥ずかしいし、色々とまずい。

こんな姿、見られたら――

〝食べられちゃうかも?〟

『 は……?

 何を考えてるの、私―― 』

バカみたい。

ぴょんぴょん跳ねてみたりして。

着ておいてなんだけど。

そして、盛大に足を滑らせた。

『 村崎さん――!? 』

彼の慌てた足音が近づく。

大丈夫!

そう言おうとしたけれど、

焦りすぎて声が出ない。

そして無情にも、ドアが開け放たれた。

第35話 挿絵 7

***

そこには、信じられない光景――

村崎さんが、ウサギさんになっていた。

『 あ、あのね、違うの……

 じゃなくて、大丈夫!

 気にしないで 』

その愛らしい姿に、

身体が一気に熱くなる。

無意識に鼻の下を触った。

――鼻血は出ていない。

『 ごめん、すぐ着替えるから! 』

彼女は慌てて立ち上がり、

ドアをばたーんと閉めた。

――。

また着てほしい。

ぜひ、いつか、きっと。

ふわふわした頭のまま、

俺はリビングへ戻った。

第35話 挿絵 8

昨夜は、ばたばたしていて、

それどころじゃなかったけど。

今夜も、ふたりきり。

あのホテルでの時間を、

つい思い出してしまう。

色んな人に迷惑をかけている。

こんなことばかり、考えてちゃだめだ。

わかってる。

わかってる――

……滝にでも打たれるべきだな。

もう一回、シャワーでも……

馬鹿みたいなことを考えている間に、

彼女が戻ってきて、

キッチンでコーヒーを淹れ始めた。

『 どうぞ 』

――ありがとう。

置かれたマグカップから、

香ばしい香りが立ちのぼる。

村崎さんは、

斜め向かいのソファに腰を下ろした。

第35話 挿絵 9

黒いフード付きの半袖シャツに、ショートパンツ。

すらっと伸びた白い脚が眩しい。

自前の服がない時、

彼女はいつもこういう格好を選ぶ。

意外とボーイッシュというか、

シンプルで、動きやすい服が好きなのかも。

そして、しばしの沈黙。

お互い、お喋りな方じゃないから、

どちらかが切り出すまで、

少しだけ緊張感がある。

〝気を遣う〟状況なら、

なおさらだった。

いつまで続くかわからない逃避行。

この時間は貴重だと思う。

俺は意を決して、口を開いた。

――辛くない?

『 ううん。苦い 』

そうじゃなくて。

こういう返しが、

わざとなのか天然なのか。

いまだによく分からない。

第35話 挿絵 10

『 あのね、さっきのは―― 』

弁明したいらしい。

だけど、言葉が続かない。

……いや、違う。ここは。

『 可愛かった。すごく 』

『 ――もう 』

ちょっとずれたタイミング。

俺も、まだまだだ。

彼女は真剣な顔で話を戻した。

『 私――ずっと考えてた。

 いつか、きっとこうなるって。

 黒服さんたちは守ってくれるけど、

 見張られてるってことでもあるから 』

彼女の身になれば、

そう思うのも無理はない。

大切にされている。

その反面の、不自由さ。

第35話 挿絵 11

『 兄さんのことは怖かったけど、

 あの人が出ていって、気づいたの。

 もう、私しかいないんだって 』

彼女は、

珍しく少し感情的だった。

『 でも、家に縛られるのは嫌なの。

 私、全然いい子じゃない。

 自分勝手なのはわかってる 』

ひとつ息をついて、

言葉を続ける。

『 誰かに頼らなくても生きていけるように、

 ずっと勉強も頑張った。

 家の人たちは優しいけど、

 そういう生き方は、私には合わない 』

ここまで、自分のことを話す村崎さんは、

初めてだった。

確かに、彼女からは、

ご令嬢とか、お嬢様とか――

そういう感じはしない。

家を離れた今だからこそ、

ようやくこうして、

ちゃんと、話せるようになったのかもしれない。

第35話 挿絵 12

村崎さんの表情が、一段と凛とする。

こちらをまっすぐ見つめる瞳には、

強い意志が宿っていた。

『 わかってたの……

 だから、我慢すべきだったのに。

 気持ちを抑えきれなくて。

 君を巻き込んじゃった 』

――それは……

そう言いかけた俺を制して、

彼女は小さく首を振る。

『 違うの。

 今まで私、色んなことから逃げてた。

 知らないふりをしてた。

 だけど、これからはちゃんと向き合うよ 』

毅然とした表情のまま、

彼女は少しだけ、こちらへ顔を近づけた。

第35話 挿絵 13

『 ……君は、痛いのが好き?

 怖いって思ったりしないの? 』

――痛いのは嫌だし、怖いよ。

『 それでも、いつも守ってくれた。

 私も、そうしたい 』

彼女は立ち上がると、

俺の肩を掴んで、そのままソファへ押し倒した。

第35話 挿絵 14

――村崎さん!?

『 お願い……我慢しないで。

 私にもちゃんとできるって、証明させて 』

見つめ合ったまま、

彼女の顔がゆっくりと近づく。

瑞々しい果実のような、

甘やかな香りに包まれる。

もう――何も言うことはない。

彼女の細い腰を抱き寄せ、

瞳を閉じて、唇を重ねた。

第35話 挿絵 15

唇を擦り合わせながら、時折啄むように弄ぶ。

背中に回した手に、

彼女の身体が小さく震えて応えた。

頬を掠める吐息が、

少しずつ熱を帯びていく。

――彼女も、

同じ気持ちでいてくれている。

今は、心からそう思えた。

その小さな唇を吸い、含んで味わう。

彼女は負けじと、柔らかな舌を侵入させてきた。

第35話 挿絵 16

互いの舌を絡ませ、唾液を交換する。

夢中になっている間に、

シャツを捲って、肌を露わにしていく。

そして掌は遠慮もなく、

彼女の柔らかい、

小ぶりな臀部の感触を味わっていた。

もう、迷わない。

このまま、君と――

第35話 挿絵 17

彼女のシャツを捲り上げ、

露わになった胸のふくらみを、

下着の上から愛撫する。

彼女の表情に、恐れは感じられなかった。

あるのは、隠しきれない恥じらいだけ。

その顔を見ていると、

つい悪戯心が湧いてくる。

――村崎さんの身体、

柔らかくて、綺麗だよ。

彼女はさらに顔を紅潮させて、

ふるふると顔を振った。

その様子が、さらに嗜虐心を刺激する。

――下着を外してもいい?

身体を小さく震わせながら、

それでも彼女は、ためらいがちに頷いた。

自分から踏み込んできたとはいえ、

恥ずかしいに決まっている。

それをいいことにしている俺も、

大概ひどい奴だった。

彼女の下着に手を掛けた、

その時。

外に、人の気配を感じた。

男女の話し声。

勢いよく、

玄関の開く音。

けたたましい足音が近づき――

次の瞬間。

第35話 挿絵 18

『 静音ちゃん、いるの――!? 』

勢いよくドアを開け放ち、

飛び込んできたのは、

血相を変えた遥ちゃんだった。

第35話 挿絵 19

『 は、遥!?

 どうして……! 』

シャツの裾を、腿まで引っ張りながら、

ソファの上でひっくり返る、村崎さん。

何食わぬ顔で、雑誌を開く俺。

もう、誰が来たとかどうでもいい。

――またかよ――!

ぱあっと、表情を輝かせた遥ちゃんは、

そのまま村崎さんへ駆け寄り、

勢いよく抱きしめた。

第35話 挿絵 20

『 良かった、元気そうで――!

 ずっと心配してたんですから……! 』

まるで愛犬にするように、

わしゃわしゃと髪を撫でる。

村崎さんは、

何とも言えない表情を浮かべながら、

されるがままに頷いていた。

俺は雑誌をテーブルに置き、

その後ろに控える彼へ視線を送る。

第35話 挿絵 21

『 あはは……感動の再会……

 いいですね――こういうの…… 』

創は、青ざめた顔を引き攣らせながら、

抱えたピザの箱を、

くい、くいと持ち上げてみせた。

――パーティのはじまりだ。

第35話 挿絵 22

創は手際よく〝会場〟を整え、

俺たちは、香ばしいピザを囲んで腰掛けた。

村崎さんは、遥ちゃんに独占されていた。

そういえば、幼馴染なんだっけ。

指を絡ませて、

無邪気に話す遥ちゃんの表情は、

俺の知る彼女とは別人のように

柔らかく、にこやかだ。

対する村崎さんも、素直に応じているけれど、

顔にはずっと困惑が浮かんでいる。

俺は隣に座った創に問いかける。

線の細い少年は、

申し訳なさそうに話し始めた。

『 いやぁ……すみません。

 彼女のことを、計算に入れてませんでした。

 とにかく勘が良くて、

 隠し事が難しいんです 』

自分にとって大事なことには全力。

そんな感じなのは、よくわかる。

手段を選ばない強かさも、

身をもって経験した。

『 秘密を漏らす心配は、ないと思います。

 そういうことの重大さも、

 よく知っている人だから 』

まあ、その点では、

信じてもいいのかもしれない。

でも、彼女には彼女の思惑がある。

不安要素には変わりなかった。

しばしの歓談のあと、

遥ちゃんの矛先はこちらに向いた。

第35話 挿絵 23

『 東雲、くん?

 あなた、この子におかしなことを

 していないでしょうね? 』

少し言い淀んだ、

ぎこちない、他人行儀な口調。

それも当然。

俺と遥ちゃんのは、

この場でじゃない。

本音はもっと熾烈で、

締め上げてでも、

今の状況を問い詰めたいのだろう。

でも、村崎さんの前ではそうもいかない。

なんやかんやと注文を付ける彼女の隣で、

束の間、解放された村崎さんは、

小動物のような愛らしい仕草で、

黙々とピザを食べていた。

『 そもそも、毎食、

 店屋物っていうのもよくないですし!

 これからは、

 私もここに泊まりがけで―― 』

その恐ろしい申し出に、

すかさず創が反論する。

第35話 挿絵 24

『 遥ちゃん、それはだめだよ。

 ――ご家族にバレちゃうでしょ? 』

家族、という言葉に、

女子ふたりの表情が少し硬くなる。

ぽかんとしている俺に、

創はそっと耳打ちした。

『 えーっと、

 実は、遥ちゃんのお父さんは、

 例の黒服の偉い人なんです 』

!?

俺は思わず、

遥ちゃんを目で牽制する。

『 いや、私は――!

 わかりました、帰ります、帰りますから!

 あと、今のところは、大丈夫です!

 お父さん、そんなに鋭くないから―― 』

さりげなく酷い。

――それでも、

リスクは計り知れない。

村崎さんが困惑するのも、

無理はなかった。

それからも、わーわーと騒ぐ

遥ちゃんのペースに巻き込まれながら、

俺たちの夜は更けていった。

第35話 挿絵 25

***

村崎別邸。

椎は私室で、

探偵と連絡を取っていた。

『 そうです。

 情報源の記者が、以前その子に会っていて――

 現在は、十五歳前後だと思います 』

亡くなった佐伯ハルの忘れ形見。

そして、

貸金庫を受け継ぐ相続人。

そのひとり娘を探し出すことが、

現在の最優先事項だ。

第35話 挿絵 26

『 その情報は大きいです。

 年齢と性別まで分かれば、かなり絞れる。

 明日からはハルさんの足取りではなく、

 佐伯家の親族筋を当たってみましょう 』

『 ……十分、気を付けてください。

 そちらも、マークされているかもしれない 』

『 ええ、わかっています。

 この年齢で消されたくはないですし 』

乾いた笑い声。

『 ……実は、先日の調査で、

 ある程度目星はついていまして。

 確証が持てたら、すぐお伝えします 』

――。

しばしの沈黙。

『 椎さん? 』

第35話 挿絵 27

『 すみません。

 私も別件で動く予定で。

 もし、長期間連絡が途切れたら―― 』

その時、

探偵のPCに通知が入った。

『 おっと――これは? 』

『 万が一です。

 その時は、そちらへ連絡をお願いします 』

長く、淀んだ村崎家の闇。

幾つもの世代に跨がる欺瞞が、

ようやく綻び始めている。

そう――きっと、もうすぐ。

この夜も、終わる。

椎は、疲れ果てた身体をベッドに投げ出し、

そのまま深い眠りについた。